10年近く前に読んだ論文をもう一度読む。

Hansen and Wright (1992) "The Labor Market in Real Business Cycle Theory." っていう、ミネアポリス連銀のQuarterly Review に掲載された論文だが、これは非常によく書かれた論文だと思う。

生産性の確率的な上昇・低下が景気変動を引き起こす、という実物景気循環理論(Real Business Cycle, RBC)の含意と欠陥を、直観的に平易に理解できる分析でバッサバッサと明らかにしていく展開が秀逸。

これを読む人のお仕事は、人によってさまざまだと思いますが。

いま、ある一定期間だけ皆さんの仕事の能率が何らかの理由で飛躍的に改善したとしましょう。能率が上がった分だけ給料もアップするものとします。

さて、どうしますか??

1)能率が上がっている間に稼げるだけ稼ぐべき!→ もっと働く!

2)能率の向上によって今までより働く時間が短くても同じだけの給料がもらえるんだから→ゆっくり休暇を楽しむ!

という、両方の可能性があるかと思います。実際どっちなんじゃい、というのは、

・能率が「一定期間」向上っていうけど、どれくらい持続するのか?

とか

・働くことの面倒さに対してあなたがどれくらい我慢強いか?

とか

・現時点でどれくらい働いているか?(いっぱいいっぱいの状態で働いている人なら、ちょっとぐらい稼ぎが良くなったことを理由にこれ以上働こうとしないですよね)

など、いろんな要素が影響すると思います。

RBCでは、こういった要素に現実社会に妥当するような数値を当てはめてシミュレーションすると、能率が上昇して景気が良くなると、1)のもっと働く!という結果がもたらされ、同時に賃金も上昇します。

すなわち、

・景気上昇と労働時間と賃金は同時に同じ方向を向いて動く

ということになります。

しかし。

現実社会ではこのことは必ずしも正しくないのです。

とりわけ、Hansen and Wrightが取り上げた戦後の米国経済では、

労働時間と賃金との間にハッキリした相関は存在しない

1)このことをRBCが説明できないのはどうしてなんでしょうねぇ?

ということと

2)じゃあどうすれば説明できますかねぇ?

ということが、極めて明解な論理で説かれています。

すなわち、

・問題は、景気の上昇・下降を引き起こすのが能率の変化という、ただ一つの要因であることにある

というのです。

能率の変化が労働市場に何をもたらすのか?

それは、労働需要のシフトです。

・企業からすれば、同じ賃金の下で生産量が増えるような状況が訪れたなら、以前と比べて雇用を増やそうとするでしょうし、逆に能率が低下するような状況なら雇用を減らそうとするはずです(労働需要曲線のシフト)

それに比べて、

・どれくらいの賃金がもらえたら、どれくらい働こうと思うか?という、働く側の「好み」については、何の変化も起きていないわけなので、労働供給曲線は動きません。

結果、安定的な右上がりの労働供給曲線をなぞるように、労働需要が左右にシフトするので、均衡点をトレースしていくと自然と労働時間と賃金との間に強い正の相関関係が生まれる、というわけです。

これは、RBC理論の想定する景気変動要因が、もっぱら労働需要曲線のシフトのみを引き起こすショックに求められているために起きる現象であるので。

【解決策】
「労働需要のシフトしか起こせなくて問題が起きるのなら、 労働供給もシフトさせれば良いのよ!
(by マリーアントワネット)

ということで、例えば

1)職場での仕事の能率だけでなく、家庭内での仕事(家事)の能率も確率的に変化する場合には、働き手の側(労働供給者)がもっと働こうと思うかどうかが、家事の能率によって左右される

とか

2)生産された財の一部が政府の支出に使われる場合には、政府の支出額が確率的に変化すれば、家計に回る財の量が影響を受けるため、将来にわたって消費活動を安定化させたいと願う働き手が現在どれだけ働こうと希望するかに影響を及ぼす

など、RBC理論に足りない要素を付け加えて再度シミュレーションをすると…労働市場の振る舞いがより良く説明されましたとさ、メデタシメデタシ。


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